フィトスフィンゴシン/PHYTOSPHINGOSINE
フィトスフィンゴシンとは
フィトスフィンゴシンは、成分番号 555092、INCI名 Phytosphingosineであり、一般に次の化学式で表される合成のスフィンゴイドです(1)。
フィトスフィンゴシンは、皮膚最外層に存在する細胞間脂質の1つです。
働きと用途
フィトスフィンゴシンは、皮膚バリアの主な成分として機能し、抗炎症作用、抗アクネ、抗フケ、そしてアンチエイジング作用に効果がみられます。
皮膚表面の層を角層といいますが、角層の細胞の間には細胞間脂質と呼ばれる脂質が存在します。角層細胞と角層の細胞間脂質は、レンガとモルタルに例えられる関係です。
健康な肌の角層では、角層細胞の間で、細胞間脂質が角層細胞どうしをつなぎとめる働きをします。
細胞間脂質は、セラミド、コレステロールなどを成分とする脂質の層と水分子の層が規則正しく何層も重なり合い、「ラメラ構造」と呼ばれる層状の構造をつくっています。
ラメラ構造は、疎水層と親水層を繰り返すミセル様の構造をしており、この構造が、脂質が水分を挟み込み、肌の水分を維持する機能を持っていると考えられています。
このバリア機能は、皮膚内に水分が過剰にあるときは蒸散でき、ある一定の水分を肌に保持する働きをしており、外的刺激から皮膚を防御するといった重要な役割を担っています。
細胞間脂質の構成は、セラミド、糖脂質、コレステロール、コレステロールエ ステル、遊離脂肪酸で構成されています(3)。
角層細胞間脂質のラメラ構造が形成されるためには、セラミド、脂肪酸、コレステロールなどの脂質成分の構成比が重要で、その比率の偏りが、ラメラ構造の性状を変化させ、肌のバリア機能を損ないます。
健康な肌では、細胞間脂質はセラミド、コレステロール、遊離脂肪酸が1:1:1(重量比でセラミド50%、コレステロール25%、遊離脂肪酸10%~20%)の割合で存在するのが理想的です。
このうち、セラミドの化学構造は、スフィンゴシン(スフィンゴイド塩基)に脂肪酸をアミド結合したスフィンゴ脂質です。
ヒトの表皮にあるセラミドのスフィンゴシン(スフィンゴイド塩基)は、①ジヒドロスフィンゴシン ②スフィンゴシン ③フィトスフィンゴシン ④6-ヒドロキシスフィンゴシンの4種類です。
また脂肪酸は、①ノンヒドロキシ脂肪酸、②α-ヒドロキシ脂肪酸、③エステルω-ヒドロキシ脂肪酸の3種類に分けられます。
ヒト皮膚表面上では、4種類のスフィンゴシン(スフィンゴイド塩基)と3種類の脂肪酸がアミド結合し12種類のセラミドを形成しています(5)(6)。
角質層では遊離のスフィンゴシンも報告されています(7)。
スフィンゴシンは、角質上でセラミドとして働き、細胞間脂質のバランスを調整します。
また、スフィンゴシンのニキビに対する効果は、アクネ菌に対する抗菌作用とIL-1αの分泌抑制による抗炎症作用を期待されます。
ニキビの原因とされるアクネ菌(Propionibacterium acnes)は、毛穴の脂腺中に常在菌として生育しています。厳密な嫌気状態を必要としない通性嫌気性菌です(8)。
脂質分解酵素であるリパーゼを産生して、皮脂に含まれる脂質を加水分解し、オレイン酸を主成分とする遊離脂肪酸を生成します。
この遊離脂肪酸は、皮膚表面のを弱酸性にし黄色ブドウ球菌などの病原菌の増殖を抑制しています。
皮脂の分泌が過剰になり、皮脂で毛穴の先が詰まり、毛穴の中に皮脂がたまった状態を面皰といいますが、面皰内では、嫌気性菌であるアクネ菌が通常より活発に増殖し、過剰に遊離脂肪酸を産生します。
これが、炎症の原因となります(9)。
また、過剰なアクネ菌そのものが毛穴の細胞に異物と判断され、免疫反応によって毛穴の細胞に炎症性サイトカインの一種であるIL-1αを産生させることで炎症を誘導することが報告されています。
これらの反応によって面皰が炎症性丘疹に移行し、ニキビが悪化してしまいます(10)。
ニキビケアでは、過剰なアクネ菌を抑制することが重要であり、フィトスフィンゴシンにはアクネ菌に対する抗菌作用が認められています(11)。
フィトスフィンゴシンの配合目的
- アクネ菌に対する抗菌作用
- 抗炎症作用
- アンチエイジング
- フケ防止
フィトスフィンゴシンの安全性情報
フィトスフィンゴシンは、20年以上の使用実績のなかで、皮膚刺激性について、ほとんどないとの試験結果があります。
化粧品に配合される量で、通常の使用をおこなえば安全性に使用できる成分であると考えられます(4)(12)。
参考文献
(1) 日本化粧品工業連合会 フィトスフィンゴシン 平成13年3月6日付医薬審発第163号・医薬監麻発第220号厚生労働省医薬局審査管理課長並びに同監視指導・ 麻薬対策課長通知
(3) 皮膚角質細胞間脂質の構造と機能 芋 川 玄 爾 花王基礎科学研究所 油化学 第4巻 第10号 (1995)
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(10) 日本メナード化粧品(-)「アクネ菌によっておこる表皮細胞の自然免疫反応が、ニキビを悪化させる」, https://corp.menard.co.jp/research/tech/tech_04_05.html 2020年6月17日アクセス.
(11) M. Farwick, et al(2008)「Antimicrobial and Anti-inflammatory activity and efficacy of phytosphingosine: An In vitro and In vivo Study Addressing Acne Vulgaris」Cosmetic Science Technology2008,143-147.
(12) Doosan(2016)「DS-Phytosphingosine」Safety Data Sheet.
フィトスフィンゴシンに関する日本語の論文情報
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木原 章雄 PLANT MORPHOLOGY 30(1), 5-14, 2018 J-STAGE
明らかとなったスフィンゴ脂質の代謝経路:フィトスフィンゴシン代謝による奇数鎖脂肪酸の産生
木原 章雄 化学と生物 54(2), 75-76, 2016 J-STAGE 医中誌Web
シロイヌナズナのスフィンゴイド長鎖塩基1-リン酸の代謝経路と生理機能
石黒 麻衣 , 中川 範子 , 細川 謙太 , 西川 正洋 , 今井 博之 日本植物生理学会年会およびシンポジウム 講演要旨集 2007(0), 817-817, 2007 J-STAGE
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